
ここ数年、実家に帰るのが苦痛だった。
特に正月は、駅伝ばっかりだらだらと見させられ
2日は孫イベントで餅つきをするのですがテンション高い母とノリの悪い子供(私たち)や孫たちにイライラしていた。
今年は帰ってみたら姉の子供が中学2年になり部活や塾に忙しいと 餅つきに来ただけで泊まらず
弟は子供が熱を出したと言って本人しか来ずそれも泊まらず
餅つきは6年目ともなるとすっかり段取りもよくなり中学生の孫も立派な戦力で腰を痛めるオジさんも出ず
私はBBQ奉行で火遊びにご機嫌
ところで、駅伝が嫌なのではなく、8畳の狭い居間に孫や親せきや私が連れてきた外国人など大人数がひしめいて子供はゲームやってるし、それでもテレビがついていて陸上部出身の義兄に合う話題が駅伝しかなく、わたしも「長野はどう?」しか聞かれないような中身のない会話がつづく空間がたまらなく嫌だったのだということに気がついた。
外国で過ごした正月は人を呼んだりして自分が仕切っていたのに千葉の家ではそうではない。それに一人暮らしも20年になり家族だんらんに慣れていないから、違和感が大きすぎたのだ。それも3年目でギャップが縮まってきたのかもしれない。
大みそかから元旦と誰も来ず普段できない読書をたっぷりした
客が少ないので出てくる食べ物も地味で、食べすぎず
犬の散歩に5キロも歩いたり
泊り客がいないので朝風呂にも入れる
家から見えるのは親指大だと思っていた富士山は握りこぶしぐらいの大きさだった。
ますますわがままがひどくなった父と
手作り味噌と今年は大成功の黒豆煮の自慢が止まらない母を適当にあしらい
わたしもだらだらと久々にゆるい正月を過ごした。駅伝も一人で見たらおもしろいこと。
成田山新勝寺も、元旦の午後なんて混んでる時間に行ったのは久しぶりであった。
高校のときは、普段部活を支援してくれるOBのウナギ屋やお土産屋で、正月はみんなバイトをしたものだ。
運転して上田に帰ってきて、
サー明日から仕事だ